とまべっちーの考え事

ホラクラシー組織の学習塾を作ってみたい。

所得の分配か労働の分配か  

このツイートに始まるスレッドが興味深かった。ベーシック・インカムのような所得の分配政策よりも、労働を分配する方針のほうがよいのではないかという意見だ。


たしかに、ベーシック・インカムという発想は社会を大きく変えてしまうので、保守主義の観点からはそう簡単に認められるものではない。予測不能のモラル崩壊が起こる可能性もある。なんとか人々を労働に包摂する形をとったほうがいいのかもしれない。ここでひろゆきの意見をつないでみる。


最低賃金を上げることの弊害を指摘している。最低賃金を上げれば失業者は増える。それをベーシック・インカムで支えればいいのかもしれないが、ひろゆきもやはり社会的弱者も弱者なりに労働に参加できるほうが望ましいと考えている。

弱者なりの仕事とは何か。それでいて尊厳がもてるような仕組みとは具体的にどのようなものなのだろうか。

たしかに私の周辺の無職の人も、ちょっとでもいいから「仕事をしている」というステータスが欲しいと言っている。べつに仕事こだわらなくてもいいじゃんと思うのだが、本人としてはやはり大きなコンプレックスになっているらしい。そう考えると、およそ社会生活に適性のない人でも他人に迷惑をかけずに「仕事をしている感」が得られるような仕掛けがあればいいのかもしれない。本当は経済的価値など生み出していないのだが、あたかもいい仕事をしたような気分にさせてくれるような何か。たとえば、形式的には会社から給料が出るが、実はそのお金はそっくりそのまま国からの補助金であるというような仕組み。労働に見せかけた社会福祉。あまりにも杜撰なスキームだろうか。

かつて「知恵のある奴は知恵を出せ。知恵の無い奴は汗をかけ」などと言われたが、現実には知恵も体力もない人もいる。それにどんな仕事にも人間関係は発生するので、それが苦手だと致命的だ。労働に包摂するのは簡単ではない。

カテゴリ: 社会

tb: --   コメント: 1

コメント

無題。

働けない人もいる。

また

働きたい人もいる。

今の日本は、どっちも死んでしまう。

そもそも為政者や国民に慈悲や愛が無さすぎる。

それにはつける薬は、まずない。

まあ革命くらいか・・・


ではまた。

遍照飛龍 #RFphBmaY | URL
2018/11/20 20:40 | edit

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