とまべっちーの考え事

ホラクラシー組織の学習塾を作ってみたい。

ゴーン事件から考える裁判前報道  

ゴーン氏逮捕のあと、メディア主導による民衆裁判のような状態になっているが、利害当事者である検察と日産からのリークに依存した報道にはリスクがあると思った。朝日新聞は検察を信じて大々的に報道したのだろうが、次第に雲行きが怪しくなってきた。最悪の場合はゴーン氏側から多額の損害賠償を請求されるリスクさえあるといわれている。

訴訟当事者が自身に都合の悪い情報をわざわざ公開するはずがない。当事者の言を信じて容疑者を攻撃する内容の報道をした結果、見込み違いの判決が出た場合には、メディアは当事者に騙され、踊らされていたことになる。
もっとも、そうなったとしても朝日新聞によるゴーン氏への名誉棄損が成立するとは私には思えない。ゴーンの犯罪を信じるに足る根拠はあるし、公益性の高い案件でもある。もし人格批判に及ぶ内容があっても免責されるケースだと思われる。もちろん社会通念を大きく逸脱する人格攻撃はいけないが、そこまで悪質な報道がされているようには見えない。印象操作など道義的な批判はされるかもしれないが(すでにされているが)、少なくとも法的に責任が発生するケースには見えない。

ゴーン擁護の論陣を張っている郷原氏の会見を見たが、印象に残る発言があった。ゴーン氏側は裁判で戦うだけでは損害を抑えることはできないので、積極的に主張を公表していくべきだと言っていた。メディアにはメディアで対抗せよというのだ。そうすることにより、様々なポストを奪われ影響力を失う事態を押しとどめることができると。

裁判外でのメディアの主導権争いも闘争の一部なのだ。日産にとってはゴーンを失脚させなければ意味がない。今回の事件は「コンプライアンス・クーデター」と形容されている。経営トップの不正を突くことにより権力を奪い取る戦略だ。他にも例がいくつかあるらしい。日産にとって社会に与える印象は重要だ。メディアがゴーンを悪者にしてくれればこんなにありがたい話はない。

「捜査中」とか「訴訟中」とか言えば、言いたくないことは言わなくていい。だからリークを判断材料にするしかない。それは当然偏った情報だろう。それでも今すぐに判断しなければならない理由があるのだろうか。どのみち限定された情報しか手に入らないのだから、推測の域を出ない。ひょっとすると日本人は噂話(ゴシップ)が異常に好きな民族なのかもしれない。知らんけど。

日産はゴーンがいない間に経営上の動きがあるかもしれない。ルノーとの支配権をめぐる争いは不可避だろう。日産はみずからの正義を主張し続けなければならない立場にある。しかし、国民にとってはそこまで重要な問題ではないような気がする。移民法改正や水道民営化のほうが国民生活に直撃する。ゴーンの逮捕劇に熱中している視聴者がいるとすれば、それは金持ち嫌いか外国人嫌いか、他の特別な理由がある人なのではないだろうか。

カテゴリ: 社会

tb: --   コメント: 0

コメント

コメントの投稿

ブログパーツ