とまべっちーの考え事

ホラクラシー組織の学習塾を作ってみたい。

『臆病な詩人、街へ出る。』で告白してきた男たちについて  

 著者の文月が男性に告白されて、熱を出して寝込むエピソードがあった。3日間寝込んで、断ることを決めたという。付き合うかどうかギリギリの決断を迫られたときに、高熱が出たことは私にもある。だから、自分のような人が他にもいることを知って可笑しくなった。

 結局、文月も断り、私も断った。付き合うことを考えたときに、悩み、熱が出るということは、Noのサインなのだ。断るのが正解だ。マリッジブルーのようなものだと思う。前にも書いたことがあるが、マリッジブルーになったら破談したほうがいいと思う。体調に変化が出てしまっているのに、それを強引に飲み込んで事を進めるなんて馬鹿げている。

 酔った勢いで文月に告白した男。LINEで丁寧に断りの返事をしたら、告白したことを覚えていないと言い出す。なかったことにして今まで通りの関係で付き合おうとする。普通に考えれば不誠実でしかない浅薄な男だが、文月はそれを「優しい嘘」と解釈する。こんな風に文月の文章は誰のことも悪く言わない。もう一人告白してきた男も私から見れば下心が見え透いている。それを文月は「誠実な人」と言語化することによって綺麗な思い出として固定し、これまでの関係が変わってしまわないようにした。強引な解釈によって双方にとって不都合が生じないようにした。私にはそのように見える。そのような強引な解釈をされた経験が私にもある。
 人は経験を受け入れ可能なものに変換しなければ済まない。しかしそのように強引に綺麗な解釈をされたことにより、男は悟る。ああこの人には真心しか通じないんだなと。そういう世界の住人なんだなと。それで諦めがつく。だから別に悪いことではない。

 文芸の世界の現実はむしろ次のようなものであろう。







 これが文系男性の感じなのだろうか。業界色が出ているような気がして面白い。

カテゴリ: 本の紹介

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